飛鳥井雅家
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| 時代 | 南北朝時代 - 室町時代前期 |
|---|---|
| 生誕 | 不詳 |
| 死没 | 至徳2年(1385年) |
| 別名 | 飛鳥井中将、飛鳥井三位 |
| 官位 | 従三位、右兵衛督 |
| 主君 | 崇光天皇→後光厳天皇→後円融天皇→後小松天皇 |
| 氏族 | 飛鳥井家 |
| 父母 | 父:飛鳥井雅孝、母:不詳 |
| 兄弟 | 教親、雅氏、経有、雅教、雅宗、雅冬、雅家 |
| 子 | 雅俊、雅縁 |
飛鳥井 雅家(あすかい まさいえ、生年不詳 - 至徳2年〈1385年〉)は、南北朝時代から室町時代前期にかけての公卿・歌人。権中納言・飛鳥井雅孝の七男。官位は従三位・右兵衛督。飛鳥井家5代。
経歴
[編集]官職では目立った活動はみられないが、貞治2年(1363年)の『内裏歌会始』や『将軍足利義詮家歌会』など公武両方の歌会に参加した。『新千載和歌集』以下の勅撰集に11首が入集する[1]。
官歴
[編集]注釈のないものは『公卿補任』による
系譜
[編集]『尊卑分脈』による