宮崎山形屋
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宮崎山形屋 | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 |
〒880-0805[1] 宮崎県宮崎市橘通東3丁目4番12号[1] |
| 設立 | 1955年(昭和30年)7月1日[1] |
| 業種 | 小売業 |
| 法人番号 | 8350001001938 |
| 事業内容 | 百貨店 |
| 代表者 |
岩元修士(代表取締役会長) 畑中英俊(代表取締役社長) |
| 資本金 | 1億円 |
| 売上高 | 106億円 |
| 純利益 |
△2億5,300万円 (2024年2月期)[2] |
| 純資産 |
△1億4,500万円 (2024年2月期)[2] |
| 総資産 |
111億3,200万円 (2024年2月期)[2] |
| 従業員数 | 230名(2024年2月期) |
| 主要株主 | 山形屋ホールディングス |
| 外部リンク | https://www.yamakataya.co.jp/miyazaki/ |
株式会社宮崎山形屋(みやざきやまかたや)は、日本の百貨店[1]。山形屋ホールディングスの完全子会社である。
概要
[編集]かつて存在したボンベルタ橘(橘百貨店)などとともに宮崎市の中心市街地の核となる商業施設である。現在は、宮崎県で唯一の百貨店となっている。
旭通一丁目の丸三呉服店を買収し山形屋宮崎支店として開店した[3]。 しかし、1952年10月に橘百貨店が開店し、商店街の中心が北へ移動した。
そこで、橘百貨店に対面する位置にあった映画館ロマン座などを買収し[4]、1956年(昭和31年)5月18日に現在地へ新築移転した[5]。 この結果、宮崎市の商店街は、500メートル以上北側に移動することとなった。新店舗は、宮崎市で初めて地下に食料品部門の売場を設置したことや、4階の食堂に東郷青児[6]が描いた優雅な女性像があることなどで、宮崎市民の話題となった。なお、東郷青児による絵画は後の改修時に発見され、現在は新館1階に展示されている。[要出典]
その後、宮崎山形屋は、宮崎市の中心となるデパートとして繁栄してきた[7]。2005年のイオン宮崎ショッピングセンター(現:イオンモール宮崎)の開業では、大きな影響を受けることが懸念された。しかし、山形屋の品揃えが中高年向けで、高級品を中心としているために客層がずれていることなどにより、影響は予想より軽微にとどまっており[8]、さらに対抗して新館を建設した。なお、2018年のイオンモール宮崎リニューアルに際し、イオンモール宮崎内にギフトショップを出店している[9]。(その後、イオンモール宮崎のリニューアルを機に令和6年1月末日をもって閉店。)
1997年・2002年にそれぞれ新館の計画が打ち出されたものの、長引く不況やイオンの進出決定などの影響で見送られてきた[10]。しかし中心市街地の賑わいを取り戻すべく2005年春にようやく着工、2006年9月12日には新館がオープンした。その際に、宮崎で初めてのCOACHやスターバックスコーヒーなどが進出している[11]。
沿革
[編集]- 1936年(昭和11年)12月15日 - 旭通一丁目の丸三呉服店を買収し山形屋宮崎支店として開店[3]。
- 1955年(昭和30年)7月1日 - 山形屋から分離独立し、株式会社宮崎山形屋が発足[1]。
- 1956年(昭和31年)5月18日[5] - 橘通五丁目(現・橘通東三丁目)のロマン座などを買収し[4]、地下1階、地上4階建ての新店舗を建設して移転[5]。
- 1966年(昭和41年) - 増床[12]。
- 1971年(昭和46年) - 地下1階・地上6階を増床[要出典]。
- 1973年(昭和48年) - 7・8階を増築[要出典]。
- 2006年(平成18年)9月 - 新館が完成し、本館とあわせて売り場面積が1.4倍の約2万平方メートルになる[13]。
- 2008年(平成20年)6月 - 新館の東側に第一種市街地再開発事業により立体駐車場「Y・YPARK」完成。1階の一部を店舗として使用[14]。
- 2020年(令和2年)2月 - これまでの営業部、外商部、総務部の3部に加えて、新たに「営業推進部」の設立を発表。販売促進や顧客サービスの充実特化を図る。
- 2024年(令和6年)8月 - 山形屋HD発足により宮崎山形屋食堂と日南山形屋を吸収合併。
- 2025年(令和7年)2月28日 - 日南山形屋を百貨店としての営業終了・翌3月1日にギフトショップに業態転換。
- 2026年(令和8年)2月24日 - 社長交代を発表。山形屋(鹿児島市)グループが進める事業再生計画(5年間)の3期目スタートに合わせたもので、社長交代は6期12年ぶり。宮崎山形屋は鹿児島の山形屋出身者が歴代、社長を務めていたが、今回の役員人事で、同社として初の生え抜き社長が誕生した[15]。
- 2026年2月26日 - 同市橘通東4丁目の「宮崎山形屋インテリア館」の売却を発表。再建計画に伴う資産売却の一環で、売却額は非公表。跡地利用はホテル建設が計画されている[16]。
ギフトショップ・外商部出張所
[編集]- 都城、延岡、日向、高鍋、西都、小林、日南、平和台[9](外商部出張所はなし)
脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 6 流通会社年鑑 2003年版, 日本経済新聞社, (2002-12-20), pp. 85
- 1 2 3 株式会社宮崎山形屋 第69期決算公告
- 1 2 宮崎市史年表, 宮崎市, (1974), pp. 130
- 1 2 宮崎市史年表, 宮崎市, (1974), pp. 429
- 1 2 3 宮崎市史年表, 宮崎市, (1974), pp. 443
- ↑ 東郷青児は鹿児島市の出身であり、山形屋2号館の山形屋文化ホールには作品「かごしま」が飾られている。
- ↑ 宮崎市史 続編, 宮崎市, (1978-3), pp. 1305
- ↑ 「大競争時代へ イオン宮崎開業から1年」宮崎日日新聞、2006.5.17~
- 1 2 “ギフトショップ 宮崎地区|山形屋 (サテライト・ギフトショップ) | 山形屋 (やまかたや) グループ百貨店”. 山形屋(やまかたや) グループ百貨店. 2018年11月6日閲覧。
- ↑ 「宮崎山形屋が店舗増床へ意欲」読売新聞、2002年3月15日、および「宮崎山形屋が新館計画」宮崎日日新聞、2004年08月30日
- ↑ 「宮崎山形屋新館、本県初の34店舗進出」宮崎日日新聞、2006年08月02日
- ↑ 現代日本小売経営戦略, 晃洋書房, (1985-5), pp. 95, ISBN 978-4771002906
- ↑ 「宮崎山形屋増床オープン」宮崎日日新聞、2006年09月13日
- ↑ 「活性化の起爆剤に!YYPARK」MRTニュースボックス、2008年6月2日
- ↑ “宮崎山形屋 新社長に畑中英俊常務が就任へ 初の生え抜き社長誕生 山下現社長は相談役に | TBS NEWS DIG (1ページ)”. TBS NEWS DIG (2026年2月24日). 2026年6月29日閲覧。
- ↑ “「インテリア館」売却、跡地はホテル建設計画 宮崎山形屋”. 宮崎日日新聞DIGITAL (2026年5月12日). 2026年6月29日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- ↑ “「インテリア館」売却、跡地はホテル建設計画 宮崎山形屋”. 宮崎日日新聞DIGITAL. 2026年6月29日閲覧。