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大東めぐみ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
おおひがし めぐみ
大東 めぐみ
本名 大久保 恵
別名義 MEGUMI
生年月日 (1972-01-29) 1972年1月29日(54歳)
出生地 日本の旗 日本 愛知県名古屋市
身長 167 cm
血液型 B型
職業 タレント歌手
活動期間 1988年 -
配偶者 大久保秀昭1998年 - )
公式サイト 大東めぐみ公式サイト
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大東 めぐみ(おおひがし めぐみ、1972年1月29日 - )は、日本タレント。本名、大久保 恵(旧姓、大東)。

愛知県名古屋市出身。名古屋市立富田高等学校中退→明治大学付属中野高等学校定時制→東京都立代々木高等学校定時制卒業。

来歴

子供の頃からアイドルを夢見て育ち、谷村有美が優勝した『ティーンズ・ポップコンテスト』でボーカル賞を受賞し、レコード会社にスカウトされ、高校1年のときに上京。1988年にCBS・ソニーから「扉を開けて 〜TAKE A CHANCE〜」で念願のデビュー。しかし、デビュー曲も2枚目の曲も売上的には成功せず、予定されていた1stアルバムも発売されずに終わった。MEGUMI名義で、ワーナー・パイオニアよりシングル「瞳のかなたに」を発売している。

高校卒業後にラジオ番組のパーソナリティをしていたところ、高田文夫に認められてニッポン放送高田文夫のラジオビバリー昼ズ』のアシスタントに抜擢された。その後はバラエティタレントとして活動するようになった。

1998年1月、プロ野球選手の大久保秀昭(当時近鉄バファローズ外野手、後に慶應義塾体育会野球部ENEOS野球部の監督等を歴任)と結婚。同年10月に第1子となる男児を出産。結婚後も、育児をしながらテレビ番組のコメンテーターやリポーターを務めている。名古屋出身であることからかつては中日ドラゴンズファンだったが、大久保と結婚してからは近鉄を応援するようになったという[1]

2008年3月11日正午過ぎ、東京都渋谷区宇田川町の交差点で横断歩道を歩行中に、右折してきたマイクロバスにはねられる事故に遭い、左足の4か所を骨折、左膝の前十字靱帯断裂、頭部強打による左側歯列の挫滅など、全治3か月の重傷を負い、入院となった[2][3]。同年3月31日に退院するも[4]、足に装具をつけての杖あり生活を約1年ほど強いられ、歩ける状態までは2年近く要し、負傷した左膝前十字靱帯はそのまま外れた状態となった[5]

2009年6月23日、第2子となる男児を出産。

出演

過去

テレビ番組

ラジオ番組

CM

ディスコグラフィ

  1. 扉を開けて 〜TAKE A CHANCE〜(作詞:阿木燿子、作曲:大内義昭、編曲:佐藤準
  2. 長いお別れ(作詞:川村真澄、作曲:平井薫、編曲:水島康貴
  3. 瞳のかなたに(作詞:西脇唯、作曲:西脇唯・緒里原洋子、編曲:加藤みちあき)

脚注

出典

  1. 『毎日新聞』1999年4月16日大阪夕刊2面2頁「[スポーツマインド]「大阪近鉄バファローズ」創立50周年/1 千代大海らがエール」(毎日新聞大阪本社【山口一朗】)
  2. 大東めぐみ「今もやりきれない」絶頂期にバス事故に遭い仕事も健康も失っ「誤報も絶望に追い打ちをかけて」」『CHANTO WEB』2026年5月20日、1頁。
  3. 【記事全文】大東めぐみ 車にはねられ大ケガ」『スポニチ Sponichi Annex 芸能』2026年5月20日。2026年5月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。
  4. 【記事全文】大東めぐみ 完治へ半年リハビリ専念」『スポニチ Sponichi Annex 芸能』2008年4月2日。2026年5月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。
  5. 大東めぐみ「今もやりきれない」絶頂期にバス事故に遭い仕事も健康も失った「誤報も絶望に追い打ちをかけて」」『CHANTO WEB』2026年5月20日、3頁。
  6. NHKアーカイブス NHKクロニクル / 今日は一日“名古屋”三昧 第1部 (2008年7月21日12:15 - 18:50 放送)”. NHK 日本放送協会. 2022年11月29日閲覧。
    NHKアーカイブス NHKクロニクル / 今日は一日“名古屋”三昧 第2部 (2008年7月21日19:20 - 21.59 放送)”. NHK 日本放送協会. 2022年11月29日閲覧。

外部リンク

大東めぐみ
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