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加須市の歌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
加須市の歌

市歌の対象
加須市

作詞 土岐善麿
作曲 飯田信夫
採用時期 1957年5月3日
採用終了 2010年3月22日(翌日に騎西町および北川辺町大利根町との新設合併を以て失効)
言語 日本語
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「加須市の歌」(かぞしのうた)は、日本埼玉県加須市が制定した市歌である。作詞・土岐善麿、作曲・飯田信夫

本記事では、2010年(平成22年)に加須市と合併した北埼玉郡騎西町および北川辺町大利根町の旧町歌についても解説する。

解説

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「加須市の歌 / 加須音頭 /
重忠節 / 加須ブルース」
(A面)照菊
(B面) 畑やわら / 大津美子
シングル
A面 加須市の歌 / 加須音頭
B面 重忠節 / 加須ブルース
リリース
規格 シングル盤
ジャンル 市歌音頭新民謡歌謡曲
レーベル キングレコード(NDS-262)
作詞・作曲 作詞:土岐善麿(#A-1)、陸名一雄(#A-2)、畑やわら(#B-1)、矢野亮(#B-2)
作曲:飯田信夫(#A-1)、飯田三郎(#A-2、B-2)、細川潤一(#B-1)
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1957年(昭和32年)の市制3周年および市庁舎落成、北埼玉郡大越村の編入合併を記念して5月3日に制定された[1]。作詞は懸賞募集に拠らず、戦時中に現市域の三俣村へ疎開していた地縁がある国語学者の土岐善麿に依頼されたもので[1]、作曲は戦前・戦中から善麿と組むことが多かった飯田信夫が手掛けている。同時に市民音頭「加須音頭」と大津美子が歌う歌謡曲「加須ブルース」も選定された。

選定された3曲のうち「加須音頭」と「加須ブルース」はキングレコードSP盤規格品番:N-281)を製造したが、この時には市歌の音源は作成されなかった。その後、1979年(昭和54年)に市制25周年記念でキングレコードA面に「加須市の歌」の新録と「加須音頭」の再録、B面に当時の埼玉県知事であった畑和が作詞し、前年に三橋美智也の歌唱で発売された「重忠節」の作詞者自身によるセルフカバーと「加須ブルース」の再録をそれぞれ収めたシングル盤(NDS-262)が作成されている。

平成の大合併後の扱い

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「加須市の歌」を制定した(旧)加須市は2010年(平成22年)3月23日に北埼玉郡騎西町および北川辺町大利根町の3町と新設合併し(新)加須市が成立した。地方自治法上は合併に参加する旧市の市名を引き継いでいても、編入合併でなく新設合併方式を採用した場合は旧市と別個の自治体として扱われる。そのため、合併協議会において個別に取り決めを実施していない場合は旧市の市歌は失効・廃止したものとみなされるが、加須市・騎西町・北川辺町・大利根町合併協議会では「市章、市民憲章、市の花・木等については、新市において定めるものとする」と取り決められたものの市町歌の取り扱いについては明文の取り決めが存在していない[2]

しかし「加須市の歌」の歌詞中には「二町七村[注 1] ひとつになってよ」とあり、旧市域のみが前提となっていることが明確なため新設合併後の継承は行われなかったものとみなされる。

新設合併後、旧市から引き続き市長に就いた大橋良一は2020年(令和2年)の合併10周年を機に新市歌の制定を検討していたが具体化に至らなかった。2022年(令和4年)に市長へ就任した角田守良加須市議会で「市制15周年を機に新市歌を制定すべきではないか」とする質問に対して「気運の盛り上がりは無い」として、前市長の時代に検討されていた制定方針を白紙撤回することを表明している[3]

旧町歌

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以下は(旧)加須市と合併した北埼玉郡3町の旧町歌である。いずれも「加須市の歌」と同様、新設合併に伴い失効・廃止されている。

騎西町町歌

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「騎西町町歌」(きさいまちちょうか)は1964年(昭和39年)に町制10周年を記念して制定された[4]。作詞・西角井正慶、作曲および編曲・河野道雄[5]。歌詞と楽譜は『騎西町史』近現代資料編1に収められている[5]

騎西町では町歌のほか、1960年(昭和35年)に「騎西音頭」と「騎西小唄」、また町歌と同時に「騎西おどり」を選定しており、それぞれレコードが作成されている[4]

光湧くまち北川辺

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「光湧くまち北川辺」(ひかりわくまちきたかわべ)は、1983年(昭和58年)6月に北川辺町の町制10周年を記念して制定された町歌である[6]。作詞・宮澤章二、作曲・小山章三

歌詞は懸賞募集を行ったが入選作が無かったため、審査委員の宮澤が最終候補21篇を取りまとめたものを採用している。芹洋子が町歌、大月みやこが町民音頭「北川辺音頭」をそれぞれ歌唱するシングル盤(NCS-1452)をキングレコードが製造した。

水と緑の光るまち

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「水と緑の光るまち」(みずとみどりのひかるまち)は、大利根町の町制20周年を記念して1991年(平成3年)1月に制定された町民歌である[7]

参考文献

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  • 土岐善麿『目前心後』(東峰出版、1965年) NCID BN0935283X
pp72-77「加須市の歌」で作詞の経緯について記述。
  • 加須市史編さん室 編『加須市史 別編 (人物誌) 本編』(加須市役所、1984年) NCID BN00985178
  • 『日本の歴代町村長 町村制施行100年の歩み』第1巻(歴代知事編纂会、1989年) NCID BN04235770
  • 騎西町史編さん室 編『騎西町史』近現代資料編 1(騎西町教育委員会、1996年) NCID BN03366081

出典、脚注

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注釈

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  1. 北埼玉郡加須町および不動岡町、三俣村、礼羽村大桑村水深村樋遣川村志多見村、そして市制施行から3年後に編入された大越村。

出典

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  1. 1 2 市史別編(人物誌)本編(1984), p377
  2. 協議第15号 慣行の取扱い(案)について(2010年3月9日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project
  3. “合併15周年で「加須市歌」制定 市は市民の機運なしと否定的”. 農時新聞. 加須不動産. 2024年11月1日. 2025年11月24日閲覧.
  4. 1 2 騎西町史・近現代資料編1(1996), 解説「教育と文化」
  5. 1 2 騎西町史・近現代資料編1(1996), p474
  6. 歴代知事編纂会(1989), p1214
  7. おおとね郷土かるた”. 郷土かるたコレクション. 群馬大学総合情報メディアセンター中央図書館. 2025年11月24日閲覧。

関連項目

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加須市の歌
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