ある日どこかで
| ある日どこかで | |
|---|---|
| Somewhere in Time | |
| 監督 | ヤノット・シュワルツ |
| 脚本 | リチャード・マシスン |
| 原作 | リチャード・マシスン |
| 製作 |
スティーヴン・サイモン レイ・スターク |
| 出演者 |
クリストファー・リーヴ ジェーン・シーモア |
| 音楽 | ジョン・バリー |
| 撮影 | イシドア・マンコフスキー |
| 編集 | ジェフ・ガーソン |
| 製作会社 | ラスター/スティーブン・ドウッシュ・プロ |
| 配給 |
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| 公開 |
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| 上映時間 | 103分 |
| 製作国 |
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| 言語 | 英語 |
| 製作費 | $5,100,000 |
| 興行収入 |
|
『ある日どこかで』(あるひどこかで、Somewhere in Time)は、1976年発売のリチャード・マシスンのファンタジー小説(世界幻想文学大賞受賞作)、およびそれを原作とする1980年のアメリカ合衆国のファンタジー・恋愛映画。監督はヤノット・シュワルツ、出演はクリストファー・リーヴとジェーン・シーモアなど。ユニバーサル・ピクチャーズ製作、カラー(モノラル)、約103分。
「カルト古典」映画としてコアなマニアによって好んで視聴されており、2010年から開催された「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本 第一回・第二回」にも選ばれているように、公開から40年以上を過ぎても熱烈なファンが多い。
原作
[編集]リチャード・マシスンは、バージニア州のある劇場で見かけたポスターに出ていた、20世紀初頭の女優モード・アダムズ[注 1]に心惹かれ、彼女について調査を続け、1975年に自分の経験を投影したロマンティック・ファンタジー小説 ”Bid Time Return”を発表した。これは翌年の世界幻想文学大賞を受賞している。(原題を和訳すると、"時よ、戻れ!"という意味である[注 2])。邦訳版は、下で説明する映画化およびSomewhere In Timeへの改題から20年以上経てから『ある日どこかで』として2002年に創元推理文庫から刊行された(翻訳者は尾之上浩司)。
映画版ストーリー
[編集]以下は映画版のストーリーや設定である。
1972年、ミルフィールド大学。脚本家志望のリチャード・コリアーの処女作上演後のパーティー会場に、成功を喜ぶ彼を会場の隅から見ている上品な老女がいた。彼女はリチャードに歩み寄り、「(私の所へ)帰ってきて」という不思議な言葉と共に懐中時計を手渡し去っていった。周りの皆は誰一人として彼女が何者なのか知らなかった。彼女はグランドホテルの自室に戻り、リチャードの書いた脚本を胸に抱いて思い出の曲を聴きながら、その夜静かに息を引き取った。
8年後の1980年、脚本家となったリチャードのオフィスには、彼の大好きな曲が流れていた。仕事も私生活も行き詰まっていた彼は、原稿を求めに来る編集者から逃げるように、車で旅に出た。そしてドライブの途中で通りかかったグランド・ホテルに、引き寄せられたかのように宿泊した。レストランのオープン前に立ち寄ったホテル内の歴史資料室で、リチャードは背中に熱い視線を感じた。振り返ってみると、そこには若く美しい女性の写真が掛かっていた。しかし、名札は外されていた。ホテルの老ボーイのアーサーに尋ね、彼女はそのホテル内の劇場で公演をした女優エリーズ・マッケナであることを知る。
その時から、リチャードは彼女のことが頭から離れなくなり夜も寝つけなかった。そして彼女についての調査に没頭し、写真の主は1912年当時、人気のあった女優であり、1912年以降活動しなくなったことを知る。書籍で最晩年のエリーズ・マッケナの写真を見つけ、パーティー会場に現れ懐中時計を手渡し「帰ってきて」と告げた老女は彼女だったと理解する。また、彼女のメイドだったローラに話を聞きに行った際に、彼女が1972年の夜に亡くなったことも知る。彼はさらに調査を進めていくが、彼女の愛読書がリチャードの哲学教師フィニー教授の著書である『時の流れを超えて』であることに驚き、ここで「帰ってきて」の意味を知り、さらにホテルの過去の宿泊名簿に自分の名を見つけ、自分が1912年に時間旅行している事実を見付け出す。リチャードは時間旅行を研究するフィニー教授に会いに行き、時間旅行は本当に可能なのか尋ねる。教授は、行きたい時代の品物を身に付けて「今は○○○○年だ」と繰り返し自己暗示をかける方法で時間旅行に成功したことがある、と告げる。しかし教授は同時に、とても辛そうな表情になり、「"現代の物" を持っていたことが原因で、不完全な時間旅行になってしまった。もしやるなら、自分の周囲から"現在の物"を全て片付けておけ」と、奇妙な忠告もする。リチャードはホテルの一室に籠もり、1912年の衣服・硬貨を身に付け、教授の忠告に従い、"現在の物"、特に現代の硬貨は注意深くポケットから取り除き、ベッドにひとり横たわると「今は1912年6月27日午後6時。わたしはグランドホテルに宿泊中で、エリーズもこのホテルにマネージャーや劇団員とともに宿泊中だ。目覚めたらエリーズを探せ」と繰り返し自己暗示をかける。
目を覚ますと、リチャードは1912年に時間旅行していた。彼はホテル中を探し回り、ホテルの側の湖畔で佇むエリーズを見付け出し彼女に近づく。するとエリーズはリチャードを一目見た途端、「あなたなの?」 と謎の言葉を言う。会話を続けたくてもエリーズのマネージャーのロビンソンが、まるで番犬のように、エリーズの身辺を護っており、追い返されてしまう。ロビンソンは有名女優のエリーズを狙って男女関係目的や営利目的で男性が近づいてくることを警戒しており、リチャードは短い接触を繰り返すことが精一杯だが、接触を繰り返すうちに彼女は次第にリチャードに惹かれていく。エリーズのスケジュールはぎっしり詰まっていて、会うことも容易でないが、やっとのことでリチャードはエリーズを散歩に誘うことに成功し、湖畔の建物の前で会話する中、なぜ初対面で「あなたなの?」と言ったのか尋ねる。エリーズは、「きみは、いつか人生を変える人と出会う」とロビンソンに予言されたことがあり、その人が現れるのを待っていたから、と言う。ホテルの部屋に戻り、邪魔が無い状態で、戸惑いつつ、初めてキスを交わす。だが、番犬のようなロビンソンが部屋の出入りを見張っていたらしく、キス直後にドアがノックされ、現れたロビンソンに苛立ったエリーズは、「仕事はかまわないけれど、私生活には干渉しないで!」と強く言い、きわめて険悪な空気が漂う。空気を読み、立ち去ろうとするリチャードに向かいエリーズは、その晩の舞台を見るよう誘う。
エリーズは舞台上から客席にいるリチャードの姿に気づくと、リチャードへの気持ちが溢れ出し、台本の台詞を無視し、舞台上からリチャードだけに視線を向けて愛の告白を始める。『女性は理想の男性を夢見ている。今も(理想の男性が)目の前に。こんな気持ちは生まれて初めて。あなたみたいな人は初めて。私の人生は変わった。...そんな人に会ったら、何と言えばいい? 私が言えることはこれしかない。「愛してる!」』 それを聞いたリチャードは、エリーズからの真実の愛の告白だと理解する。
幕間に舞台裏でエリーズの写真撮影が行われる。そこにリチャードが現れ、愛情を込めてエリーズを見つめる。リチャードに視線を向けたエリーズの心は幸福感が満ち、最高に美しい肖像写真となった。(リチャードに視線を向けた写真が歴史資料室の壁に掲げられることになり、時空を越えて、1980年のリチャードは視線を向けられたように感じ、魅了されることになった。)
だが、エリーズが舞台上で女優の仕事を後回しにして愛の告白をするのを聞いたロビンソンは、二人の仲を裂くために動く。客席にいるリチャードにロビンソンからの呼び出しの手紙が届き、指定の場所に行ってみると、ロビンソンはエリーズが16歳の時にその才能を見出し彼女を世紀の大女優にするために人生を捧げてきたと告げると同時に、リチャードに対して彼女に近付かないように警告し、部下に殴らせリチャードを気絶させロープで縛り上げ厩舎(馬小屋)に放置してしまう。舞台閉幕後にリチャードが楽屋に会いに来てくれないことを不思議に思うエリーズに向かって、ロビンソンは「リチャードは去った。君の人生から去ったのだ」と告げ、その晩、劇団は次の公演地デンバーへ向けて出発する。
翌朝、馬小屋で目覚めたリチャードはエリーズを探すが、既に劇団員らはホテルを去り次の公演地へ向かったことを知りショックを受ける。落胆しホテルのエントランスのベンチに座り込んでしまうリチャード。
だが、マネージャーや劇団と決別しホテルに戻ったエリーズと再会し、今度こそ、ロビンソンの邪魔も無い状態で、ホテルの部屋に籠もり、ベッドで愛し合う。
結ばれた二人は満足感と幸福感に満ち、ホテルの部屋でふたりきりで一緒に食事をとる。エリーズは"運命の男性"リチャードと結婚し、彼の書いた脚本をいつか演じる女優になることを夢見ており、リチャードも彼女と人生を共に生きることを考えている。「あなたを独占したい」というエリーズに向かい、「大丈夫。もう僕の全部があなたのものだよ。あなたのことしか考えていない」と応えるリチャード。あの懐中時計もエリーズに渡してある。
"幸福そのもの"と呼べるような時間を過ごしている二人。だが、リチャードは、スーツのポケットのひとつに手を入れた際に1979年製造の1ペニー硬貨をうっかり残していたことに気付き、その途端に1980年に引き戻されてしまう。
わずか1個のペニー硬貨のせいで1980年に戻ってしまいエリーズから引き離されてしまったリチャードは、再び1912年に戻ろうと自己暗示をかけるが、今度は何度やっても時間旅行が出来ない。せめて資料室の壁に掲げられた愛しいエリーズの写真を見て、抱き寄せようとしても、今では前とは違い、本当のエリーズに会えない辛さが募るばかりで、ホテルの部屋に籠り食事をとらなくなってしまう。数日後、異変に気付いたアーサーが部屋に入り、青ざめて憔悴し切ったリチャードを発見する。アーサーが医者を呼ぶ中、リチャードは薄れゆく意識の中、幻覚を見て、そこでエリーズと再会する。
映画製作
[編集]企画
[編集]プロデューサーのスティーヴン・サイモン(Stephen Simon。音楽家のStephen Simonとは別人)は前述の原作 "Bid Time Return"を気に入り、テレビや映画の監督として活躍していた監督のヤノット・シュワルツ(1967年にユニバーサル映画社に所属しスティーヴン・スピルバーグと同期)に映画化の話を持ちかけた。シュワルツはスピルバーグとともにユニバーサル映画社の幻想テレビドラマ・シリーズ『四次元への招待』(原題:”The Night Gallery”)を担当していて、そこでマシスンの原作&脚本のエピソードを監督していた。それがきっかけで、シュワルツに注目していたマシスンが『ある日どこかで』の監督候補に推したといわれている。
シュワルツは、シェイクスピアの一節を引用した原題:”Bid Time Return”も悪くはないが、古臭い感じがするので、観客が歓迎しそうな”Somewhere in Time”という題名を提案した。
上層部は「内容が"非商業的"で、ヒットしそうにない」という見解を出し、予算は半減されたものの、「それでも作りたい」というスタッフやキャストが集まり、映画化が行われた。
演出
[編集]- エリーズの肖像写真
リチャードが振り向いて目にするエリーズの写真は、どこから見ても彼女の視線が自分を見ているように工夫して撮影された。しかも、この写真には幕が掛けられ、リチャード役のクリスも撮影まで隠されていたため、実際の撮影時に振り返ってみた瞬間に本当に初めて見たため情感のこもった演技となった。これは監督が仕組んだ演出だった。
- 楽曲
劇中で使用される楽曲は、原作ではグスタフ・マーラー作曲の「交響曲第9番ニ長調」や「交響曲第10番嬰ヘ長調」であったが、シュワルツが小品であるこの映画にマーラーは相応しくないと考え、ジョン・バリーの提案により、セルゲイ・ラフマニノフ作曲の「パガニーニの主題による狂詩曲」に変更されたという[4][5]。 パガニーニの主題による狂詩曲の作曲は1934年であり[6]、この曲を聴いたエリーズがリチャードが未来から来たと悟ったことが暗示されている。なお、冒頭のリチャードのオフィスでのシーンでは、レコードプレーヤーのそばにウィン・モリス指揮の交響曲第10番のLP(ジャケット全面に大きく10番を表す「X」の文字がある)が置かれている。原作者に対する敬意か、あるいは本シーンの撮影時には第10番を使用することになっていたかも知れない。実際、マシスンは「私は『ある日どこかで』にマーラーを使ってほしかったんだ。・・・彼(シュワルツのこと)は撮影中にそのカセットテープも流していた。」と話している[4]。マーラーの他の交響曲は1912年以前に公表されているが、未完の第10番だけは彼の死後1924年まで公表されていなかったので、映画の設定としても自然である。
- 登場人物
時間旅行に関する研究者として「フィニー教授」が登場するが、マシスンが、タイムトラベルものを得意としていた先達のSF作家ジャック・フィニイ(長篇『ふりだしに戻る』短篇「ゲイルズバーグの春を愛す」「愛の手紙」「第二のチャンス」「レベル3」など時間旅行ものが多い)に敬意を表したためであるといわれている。エリーズ・マッケナは、20世紀初頭の女優モード・アダムズに由来しており、映画の中でも"モード"と言う女優が登場する。
- カメオ出演
原作者マシスンは、1912年のシーンでホテルの宿泊客役でカメオ出演している。
撮影フィルム選択
[編集]映画『ある日どこかで』は、現在の部分をコダック、過去の部分を富士フイルム(フジ)と、フィルムを使い分けて撮影された。これは、フィルムの色彩的質感の違いによる演出効果を意図したものである。当時のフジは淡い色合いであった[5]。
撮影に使用されたフジのフィルムは、「 映画用35mmフジカラーネガティブフィルムA(エース)タイプ8517 」と推測される。[7]
撮影ロケ地
[編集]映画『ある日どこかで』の撮影は、1979年5月から8月の間の10週間に行われ[5][8]、そのほとんどが、アメリカ合衆国ミシガン州、ヒューロン湖のマキノー島内でのロケである。撮影中のスタッフとキャストは、島内で廃舎となっていた施設に宿泊し、寄宿生活を行った。[5]
映画に登場するグランドホテルは、マキノー島に実在する。グランドホテルは、1887年に開業されたリゾートホテルで、木造の建物である。冬季は、閉鎖される[9]。
島内は、自動車の通行が原則禁止されていて、交通手段は、馬車、あるいは自転車、または徒歩であり、19世紀の雰囲気が残されている[10]。撮影機材の移動には、馬車を使い、スタッフ、キャストは、自転車を利用した。なお、撮影のため、自動車の使用が、一台、許可された。撮影中も、グランドホテルは通常の営業を続け、宿泊客がエキストラとしてロケに協力した。その期間中のホテルの客室稼働率は85〜90パーセントであった[5]。
- ロケ地の本作記念イベント開催地化
1980年10月3日の映画公開に先立ち、9月17・18・19日に、グランドホテルで試写会が行われた[11]。 グランドホテルでは、毎年、『ある日どこかで』を記念したイベント、「Somewhere in Time Weekend」を開催している。
この地で2025年10月3日〜10月5日に、このイベントの 35 周年、映画「Somewhere in Time」の 45 周年、原作となった小説「Bid Time Return」の 50 周年という3 つの節目を祝う予定である[12]。
キャスト
[編集]| 役名 | 俳優 | 日本語吹替 | ||
|---|---|---|---|---|
| ソフト版 | VOD版 | BSテレ東版[13][14] | ||
| リチャード・コリアー | クリストファー・リーヴ | 寺杣昌紀 | 星野貴紀 | ささきいさお |
| エリーズ・マッケナ | ジェーン・シーモア | 田中敦子 | 恒松あゆみ | 甲斐田裕子 |
| ウィリアム・F・ロビンソン | クリストファー・プラマー | 有本欽隆 | 山岸治雄 | 羽佐間道夫 |
| ローラ・ロバーツ | テレサ・ライト | 鳳芳野 | 定岡小百合 | |
| アーサー | ビル・アーウィン | 松岡文雄 | 西村知道 | 茶風林 |
| フィニー教授 | ゲオルク・ヴォスコヴェク | 小山武宏 | 浦山迅 | |
| 晩年のエリーズ | スーザン・フレンチ | |||
| ビールズ(アーサーの父) | ジョン・アルビン | 塚田正昭 | 浦山迅 | 佐々木梅治 |
| ジュヌビエーブ | エドラ・ゲイル | 水野ゆふ | ||
| モード | ヴィクトリア・マイケルズ | 山口眞弓 | 棟方真梨子 | |
| ロロ | ウィリアム・P・オヘイガン | 伊藤和晃 | 斎藤寛仁 | |
| 支配人 | デビッド・ハル | 樫井笙人 | 樫井笙人 | |
| マリー | モード・ストランド | 葛城七穂 | ||
| ボーンズ | ブルース・ジャーコウ | 菊池康弘 | ||
| シェリー | オードリー・ベネット | 浅井清己 | 桃江トウコ | |
| アシ・マネ | 加藤亮夫 | |||
| ステ・マネ | ハル・フランク | 田中完 | ||
| ドナ | 田村真紀 | |||
| エリナ | よのひかり | |||
| アビゲイル | 森なな子 | |||
| ピーター | 魚建 | |||
| キャム | 古木海帆 | |||
| 演出家 | ふくまつ進紗 | |||
| 司書 | 小林さとみ | |||
| フロント係 | 岡本幸輔 | |||
| 給仕長 | 田所陽向 | |||
| 舞台監督 | 露木徳幸 | |||
| その他 | 鳥畑洋人 船木真人 | |||
| 日本語版制作スタッフ | ||||
| 演出 | 神尾千春 | 高橋剛 | ||
| 翻訳 | 中村久世 | 田尾友美 | ||
| 制作 | ACクリエイト | BSテレビ東京 HALF H・P STUDIO | ||
| 初回放送 | 2021年2月10日 『シネマクラッシュ[13]』 19:55-21:54 | |||
評価・反響など
[編集]アメリカでの試写段階では好評を得ていたが、実際に封切られると評論家の酷評の影響もあってか興行収入は伸び悩んだ。
だが、興行終了後、遅まきながら、ケーブルテレビやビデオによって次第に支持を集め、少しずつ誠実に応援するファンが増えた[注 3]。日本においても同様な状態で一部地域では人気を博したが、全国的なヒット作にはならなかった。
映画公開から10年後の1990年、熱烈なファンであったビル・シェパードが呼びかけてINSITE(The International Network of Somewhere In Time Enthusiasts)というファンクラブを設立し、公式ホームページが運用されている。そのサイトの中では、SIT(Somewhere in Timeの略)のグッズも販売している。またグランド・ホテルで毎年コンベンションが開催され上映会を行っている。
また、主役「リチャード・コリアー」を演じたクリストファー・リーヴの落馬事故(1995年)・後遺症での車椅子生活、そして逝去(2004年)により、彼のファンもこの映画に関心を持ち始めた。
日本では、2010年2月6日より開催された「第一回 午前十時の映画祭」(主催:映画演劇文化協会)の上映作品50本の中に、『ある日どこかで』は選ばれた。この50本は、1940年より1994年まで公開された映画の名作である。翌2011年2月5日から開催された「第二回 午前十時の映画祭」でも、「Series1 赤の50本」で、引き続き上映された。
Rotten Tomatoesによれば、18件の評論のうち高評価は61%にあたる11件で、平均点は10点満点中6点となっている[15]。 Metacriticによれば、7件の評論のうち、高評価は2件、賛否混在は2件、低評価は3件で、平均点は100点満点中29点となっている[16]。
賞歴
[編集]- 1980年第8回サターン賞
- アカデミー衣裳デザイン賞ノミネート(コスチュームデザイナー:Jean-Pierre Dorleac)
舞台化
[編集]吉川徹演出の舞台
[編集]日本では、1992年に吉川徹の演出で舞台化され、青山円形劇場にて、日本初上演された。主演は阿部寛で、その他に床島佳子、福井貴一、友竹正則、平山里美らが出演した。
宝塚歌劇
[編集]また、宝塚歌劇団も1995年に舞台化した。バウ・ミュージカル・ファンタジー『ある日どこかで-SOMEWHERE IN TIME-』(2幕)のタイトル、月組で、天海祐希(リチャード)・麻乃佳世(エリーズ)の配役、宝塚バウホール(1995年10月14日-10月29日)、日本青年館大ホール(1995年11月2日-11月9日)、にて公演された。[17]
葵美哉(63期生) 梨花ますみ(67期生) 夏妃真美(70期生) 美原志帆(72期生) 天海祐希(73期生) 卯城薫(73期生) 姿月あさと(73期生) 木南あづさ(73期生) 麻乃佳世(74期生) 山吹紗世(75期生) 逢原せりか(75期生) 水月静(75期生) 名城あおい(76期生) 瑠菜まり(76期生) 鈴奈美央(76期生) 彩輝直(76期生) 奈々まりか(78期生) 大空祐飛(78期生) 苑宮令奈(78期生) 大鷹つばさ(78期生) 檀れい(78期生) 北原里麻(79期生) 水夏希(79期生) 南城ひかり(79期生) 越乃リュウ(79期生) 鳴海じゅん(80期生) 水沢葉月(80期生) 華景みさき(81期生) 大和悠河(81期生) 苑みかげ(81期生) 花瀬みずか(81期生)
米国におけるミュージカル化
[編集]2013年5月28日より6月30日までの期間、米国、オレゴン州(Oregon)、ポートランド市(Portland)の、ポートランドセンターステージ(Portland Center Stage)[18]にて、『 Somewhere in Time 』の新作ミュージカル[19]の公演がおこなわれた。
その他、影響を及ぼしたらしい作品
[編集]監督の大林宣彦は、1983年公開のSFタイムトラベル恋愛映画『時をかける少女』を制作する際、音楽監督の松任谷正隆に対して大林が望む作品イメージを伝えるため、本作のビデオを観るよう勧めたという[20]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ↑ 洋泉社 『80年代映画館物語』 (斉藤守彦著) 初版58ページ及び225ページ による。
- ↑ 朝日新聞1981年(昭和56年)1月30日夕刊(首都圏版12ページ目広告)。
- ↑ “Somewhere in Time” (英語). Box Office Mojo. 2021年2月10日閲覧。
- 1 2 東京創元社刊『ある日どこかで』瀬名秀明による解説より。
- 1 2 3 4 5 『ある日どこかで』DVD(特典メニュー)「インタビュー」及び「ジュノー・シュウォーク監督による音声解説」による。
- ↑ 『Shin ongaku jiten』新音楽辞典 人名 Sunao Asaka, 浅香淳, Ongaku no Tomosha, 音楽之友社.、Ongaku no Tomosha、Tōkyō、1977年 - 1982年。ISBN 4-276-00013-0。OCLC 14969006。
- ↑ 1970年代中頃から、実質的輸出が始まったフジの映画用フィルムは、1977年のインスブルック冬季オリンピック記録映画『ホワイトロック』で使用されたことにより、世界的に注目されつつあった。『ある日どこかで』の撮影された1979年当時は、「 映画用35mmフジカラーネガティブフィルムA(エース)タイプ8517 」が、輸出されていた。富士フイルムのあゆみ・1975年~、富士フイルムのあゆみ・映画用カラーネガフィルムの・・・、による。
- ↑ somewhereintime.tvによると、5月の最終週5日間のシカゴの撮影後、7月16日まで、マキノー島で撮影がおこなわれた。
- ↑ グランドホテルのサイトgrandhotel.comによる。
- ↑ grandhotel.com/mackinac-island及び、mackinacislandnews.comによる。
- ↑ somewhereintime.tvによる。
- ↑ “Somewhere in Time Weekend | Grand Hotel” (英語). Grand Hotel | Welcome to America's Original Grand Hotel. Located on Michigan’s Mackinac Island, Grand Hotel beckons you to a bygone era of old-world hospitality and charm. (2024年11月1日). 2025年1月18日閲覧。
- 1 2 “ロマンティックファンタジーの傑作映画「ある日どこかで」ささきいさお、羽佐間道夫、甲斐田裕子の豪華新録吹き替え版で放送!!/シネマクラッシュ 「ある日どこかで」”. BSテレ東. 2021年2月3日. 2021年2月3日閲覧.
- ↑ “ある日どこかで [BSテレ東 新録吹き替え版]”. ふきカエル大作戦!! (2021年2月4日). 2021年2月5日閲覧。
- ↑ “Somewhere in Time (1980)” (英語). Rotten Tomatoes. 2021年2月10日閲覧。
- ↑ “Somewhere in Time Reviews” (英語). Metacritic. 2021年2月10日閲覧。
- ↑ 宝塚クリエイティブアーツVHSビデオ"V-952940号 TCAV-10"による。
- ↑ 劇場サイトの当該ページ
- ↑ 公演団体のサイト
- ↑ 角川春樹、清水節『いつかギラギラする日:角川春樹の映画革命』角川春樹事務所、2016年、173頁。
外部リンク
[編集]- 恋愛小説
- 幻想文学
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